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2007.06.30.Sat
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豊前市のお隣り椎田町有安地区の祇園車の台輪波板です。平成初期の頃までは巡幸していたようです。台輪波板はその当時に新造したもので彩色されています。新造後は数えるはどしか使用しておらず程度は良いようです。神社内の倉庫には車輪や心棒など他の部材も色々と見受けられましたがほとんどが使用不能の状態で巡幸は絶望的と思われます。有安地区も人手不足、資金難から現在のようになってしまったとのことでした。宇島でもこの問題について色々と考えていますが解決策は見つかっていません。地域を問わず祭りへの強い愛着を持つ人達と交流を深めることにより手がかりをつかみたいと思っています。
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2007.06.23.Sat
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長洲中濱大西区の2弾です。画像はおそらく雲板だと思われますが浦島太郎と亀や竜宮城が彫られています。浦島太郎の顔や亀の目などとても繊細に彫られています。また、台輪の横板には桃が彫られていました。
ちなみに祇園車の大工棟梁は豊後高田富貴の「鹿野正信」彫刻は博多東中洲の「近藤彫刻」の墨書きがありました。祇園車は大正元年の建造です。
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2007.06.23.Sat
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長洲中濱大西地区の祇園車は老朽部品や欠品があるため組立ては難しいと思われます。現在は個人で管理中です。この画像は屋根の鬼板と呼ばれる部分で「獅子噛み」といわれるものです。関西のだんじりの山車によく見られます。中津祇園では京町の祇園車のみに見ることができるこの近隣ではめずらしいものです。
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2007.06.17.Sun
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・・追加・・
長洲中町が巡行に参加していた頃の画像です。
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2007.06.17.Sun
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長洲祇園車の第2弾です。画像は長洲中町祇園車の現状です。区長さんの話によりますと資金不足と人手不足で出庫できない状態が10年以上も続いているそうです。車の状態は良いようで条件が整えばいつでも出せるとのことです。太鼓などもゴザで包まれて大事に保管されています。車は東濱区と同様で二階建て(二層)となっています。当方が確認したところ(平成18年)では長洲には巡行可能な祇園車は3台です。
このまま、倉庫に埋もれさせておくにはあまりにも惜しいですね。
長洲地区の奮起を期待します。
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